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Ⅰビル地下のジェントルに1年ほど勤めた頃、不夜城・新宿歌舞伎町では、数え切れないほどのインベーダー・ハウスが軒を連ね、二十四時間を競うようにして、甲高くビーム音を鳴り響かせていた。 

接客という仕事にはだいぶ慣れたが、深夜12時から早朝5時迄の営業時間で、売上支援のための暴飲や、閉店後の客との付き合い(今はアフターと呼ぶ)で、昼過ぎ、或いは夕方近くの帰宅といった、どこまでも不規則な生活を続ける中で身体を壊し、実家の横浜へ引き揚げることになった。

しばらくの間は体調不良で寝込むも、どうにかこうにか健康を戻して、普通に動けるようにはなったが、まったく仕事をする気が起きなかった。たまに実家の家業を手伝うぐらいで他には何もせず、まる2年以上もの歳月を、今で言うニートのように過ごしていた。

退屈を覚えては、身体を鍛えるために腹筋・背筋・腕立て・屈伸・ランニングなどの基礎運動をしたり、パチンコやアレンジボールなどで無為に時間を浪費していた。このままではいけないと思ってはいたが、新聞の求人欄や求人雑誌の記事を、隅から隅まで眺め回しても、一向に面接へ行く気が起こらなかった。

いま思い返してみても、はたしてどういう理由でその場所へ行ったのか、まったく憶えていないが、その日、伊勢佐木町商店街からオデオン座前の大通りを左へ曲がり、何を思ってか、山手方面を目指してひたすらに真直ぐ歩いて行った。

地下鉄長者町駅の入口を過ぎてから5分ほど歩いた時、一つの看板が目に入った。大きな文字でサパークラブと書いてあったが、その脇の立看板に書いてあるホスト募集の五文字が、この店の営業内容を示していた。

後に知ったのだが、ナイトプリンスと言う名のこの店は、遠方からの来客も多く、山手に在住していた実力派の人気女優も来店するほどに、横浜では一番の老舗となる有名店であった。

二年近くを新宿歌舞伎町で過ごし、ホストという仕事に対して、精神的にも肉体的にも倦んではいたが、結局、どうしても別の仕事を探す気にならず、こうして店の看板を見つけたのも何かの縁かと思い、この店で働くことに決めた。

飛び込みではあったが、面接を担当したマネージャーの東雲(しののめ)に、ホスト経験及び、多少はダンスが出来ることを伝えると、すんなり翌日から出勤をすることが決まった。

面接後に事務室へと案内され、店名と番号はどうするかと聞かれた。店名(ホステスでいう源氏名)なら判るが、番号とは何なのかと尋ねると、すぐに脇の壁を指差した。そこには縦横に整然と並べられた番号札があり、その番号札の下には、50枚ほどの名札がぶら下げられていた。

1から100までの札が並んでいたが、なぜか、26番の札だけが外されていた。それが何となく気に掛かり、そのことを訊いてみると、マネージャーの東雲は、26番は永久欠番なのだと答えた。

それを聞いた私の頭の中には、なぜか長嶋監督が浮かんできて、永久欠番になるほどの、そんなに凄いホストがいたのかと、さらに訊ねてみた。いくぶん口籠もる様子も見せたが、少しの間を置いて、彼の口から、その番号を付けていたホストは殺されたのだ、という答えが返ってきた。

些かに驚ろかされた私であったが、その時の経緯を詳細に教えて貰えないかと、改めてマネージャーに訊ねて見た。わずかに躊躇も見られたが、東雲は私の目を見ながら、重そうな口を開いて、その事件のあらましを話し始めた。

殺されたホストは店名を香月(こうづき)と言い、周りのホストからは、半端じゃなくトッポイ奴と言われるぐらいに、No.1への執着心が異常に強く、金になると思えば、たとえ人妻であろうとも、わけなくソープ(この頃はトルコ風呂と呼ばれていた)へ沈めてしまうような、完全に割り切った感覚で、どこまでも冷淡な感情を持って、このホストと言う仕事を愚直なまでに律義にこなしていた。

その日、香月のお客の一人であるソープ嬢(ホストは風呂屋と呼ぶ)の旦那だと名乗る男から店へと電話が入り、それを受けた香月はマネージャーに対し、ちょっと外出して来ると言って、一人で表に出て行った。

旦那と言っても籍が入っているわけでは無く、彼女の稼ぎでしのいでいるチンピラか、或いはヒモと呼んだ方がいいような、実に最低な部類の男であった。実際、ホスト通いをするソープ嬢の中には、自分が指名しているホストのことを仲間内に対し、自分の旦那だと言って、さも自慢げに紹介するものもいる。

この男は弟(舎弟?)と二人で連立って、店の近くの駐車場で待っていた。

香月がその駐車場に着くなり、周囲に聞こえる様な激しい口論となったが、双方が言い分を喚き散らす中で、収拾が付かないことに業を煮やしたのか、その男の弟が懐に用意していた刺身包丁を、小脇に抱えたまま、香月の胸部を目掛けて体当たりをした。

俗に言う、心臓を一突きという状態で、救急車が到着した時には、既に息を引き取っていた。結局のところ、No.1の香月にとっては一人のお客に過ぎない風呂屋の女であったが、この女の稼ぎが、その男にとってはしのぎの全てだった為に起こった事件だとのこと。

ただ、なぜ本人ではなく、弟が刺したのかが、よく解らないところではあるが。

また変な店に勤めることになったなと思いながらも、希望の番号と店名は明日までに考えて置く旨を伝え、その店を後にして帰宅の途に就き、帰りの電車の中で、初日に着るスーツはどれにしようかと考えていた。



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