マリンタワー
私がホストを始めた当初、東京のホストクラブには二種類の営業形態があった。

当時の流行り言葉で言うところの、有閑マダム等を主な接客の対象にしていた、夕方の七時頃から夜十二時頃までの営業時間のものは『早い時間』と呼ばれていた。

同業者のホステス及び、風俗産業の女性を主な接客の相手とする、夜の十二時から早朝五時頃までの営業時間のものを『深夜』ホストと呼んでいた。

早い時間で有名店と言えば、東京駅八重洲口にあったナイト東京、渋谷宮益坂のナイト宮益、赤坂見附のクイーン、銀座すずらん通りのフロリダ、新宿歌舞伎町のナイトロイヤル、浅草国際通りのコクサイなどがあった。

それに比べて、後発である深夜ホストの方は、新宿歌舞伎町と浅草を合せて、十数店舗が生き残りを掛けて鎬を削っていた。また、早い時間のホストたちは、どちらかと言うと深夜ホストを見下している傾向がややあった。

実際、早い時間の客層は、一般家庭の主婦などから比べて、生活水準の極めて高い女性が多かった。接客のマナーに関しても非常に厳しいところがあり、ソシアルダンスに関しても、基礎からしっかりとレッスンを積み重ねて、上級レベルまで習得するものや、その技術を生かしてダンス教師へと転身するものもいた。

深夜ホストの方は、ダンスやマナーなどは二の次で、とにかく、店と自分に対して金銭を注ぎ込みそうな女性を、いかに数多く確保出来るのかが、ホストとして生き残っていく為の最も重要な要素の一つであった。そのため、極端な自己アピールを駆使するものや、非常識な立ち居振る舞いをして、風俗嬢たちの好奇心を煽ることで、日々の糧をしのいでいるホストも少なからずいた。

ところが横浜には、早い時間とか深夜と言った区別はまったく無く、殆んどの店が、夕方の七時頃から朝の五時頃までの通し営業を行っていた。これはやはり、東京に比べると、絶対的な顧客数、つまりはダンスや酒、或いはそれ以上のものを求める女性の需要が少ない為に、このような営業形態を取るようになったのだろうか。

しかし、私のように東京で基礎を身に付けたものには、この十時間もの営業時間が心の底から長く感じられた。ホストとして二年以上の空白期間があったものだから、面接時に、他の新人たちと同じ扱いにして下さいと、うっかり言ってしまったことが実に悔やまれた。

ただ、営業形態としては東京の早い時間の店と同じで、ホストとウェイターの区別がはっきりしていたので、深夜ホストのように、始業前のスタンバイと言ったような業務はなかった。

通常、東京の深夜ホストにはウェイターは居らず、ホスト・ウェイターと言って、ホストが給仕も兼ねており、始業前のスタンバイや終業後の後片付けなどは、主に新人や、規定の数字(売上)を出すことが出来ない古参のホストが行なう。

ナイトプリンスでの入店当初の仕事はといえば、開店時間の少し前に出勤したら、全くお客の入っていない薄暗い店内の適当なテーブルに着き、ひたすら本番(新規客)が来店するのを待つことだった。

それにつけて、この店では、客待ちの為にテーブルで待機している時に、下手に煙草など吸おうものなら、すぐさまにウェイターが素っ飛んで来て、灰皿を汚すんじゃねぇ! と実に手荒い口調で叱責される。

ウェイターのミーティングがホストのミーティングとは別個に行われており、客も呼べないようなヘルプホストには、徹底的に厳しく当たれと、この店の女性オーナーに言われているらしい。

一週間もしない内に指名客が出来た時には、手の平を返すとはこれの事かと思うぐらいに、著しく態度を豹変させたのには、驚きを通り越して、開いた口が塞がらない程に呆れた。

東京でもそうだったが、この店でも、小計(会計〔総売〕から指名料やチャージを除いた金額)で10万の数字を上げたその日から、一人前のホストとして扱われるようになる。何とか1ヶ月足らずで新人を卒業して、ようやくに横浜のホストクラブのシステムが見えるようになってきた。

売上の金額によって出勤時間や保証(日給:早い時間に保証は無く、総売を折半にする)が変わるのは東京の深夜ホストでも全く同じだが、大きく違うことが一つあった。

営業時間が頗る長いためか、外出というものが全くに自由なのだ。それも、連絡して三十分以内に店へ戻れるならば、出勤後に自宅へ帰り、ゆったりと寛ぐ事すら可能であった。

この店の女性オーナーの言い方を借りれば、出勤後に客とホテルへ行ってても全く構わないのである。タイムカードさえ打刻すれば、もしその日に指名も無く、ヘルプにも呼ばれなければ、ただの一度も店に顔を出さなくても、その月の売上に見合う分の保証が、きちんと支払われるのだ。

ところ変わればシステムも変わるで、初めの戸惑いは何処へやらと、入店して2・3ヵ月もした頃には、すっかりとここの水に馴染み、私の意識構造は殆んどの部分で、横浜のホストへと変容していた。

それも、仕事だけではなく、遊び方(主に賭け事)に関しても、横浜特有のものを嗜んで行った。


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