ポーカー
横浜の老舗ホスト、ナイトプリンスの仕事にも慣れて来て、指名客も少しずつ増えて来た頃から、出勤後は控え室で待機するようになる。

この店の売れっ子ホストの多くは、近隣の喫茶店で、その当時から流行り始めたポーカーゲーム(※)に興じており、売れっ子ホストの中には、一晩に百万近くを注ぎ込む剛の者もいた。

だが、その時の私には、未だそんな博打資金を提供してくれるような太い(資産家の)客は居らず、雀ピューターで時間をつぶすぐらいの余裕しかなく、それも勿体無く感じるようになった頃から、控え室を利用するようになった。

初めの内は、その部屋にたむろしている古参のホストたちの顔色を窺いながら、隅のほうのソファに恐る恐る座っているだけだったが、日が経つに従い、だんだんとその部屋の空気に馴染んでくると、古参のホストたちに同化していった。数ヶ月もすると、先人に倣って、ロッカーに何着かのスーツを掛けて置き、ジャージなどのトレーニングウェア姿で通勤するようにもなっていた。

ナイトプリンスの店舗は地下一階であったが、なぜか控え室は、同じビルの四階にあった。旧いビルであったため、エレベーターなどの設備は無く、リスト(ホストの出勤や出先を管理する場所)からインターホンでの呼出しが掛かると、たとえそれが細かい(余りお金の無い)お客からの、揶揄半分の電話が入っているといったような些事であっても、毎回、地下一階までの長い階段を大急ぎで駆け降りた。

用事が済むと、再び同じ長い階段をわざわざ昇らなければならないといったことが、実に面倒なところではあったが、その部屋の居心地自体は、私にとって、それほど悪いものではなかった。

待機時間などは、当時の横浜で流行っていたポーカーの亜流、13枚ポーカーと呼ばれるゲームを愉しむ者もおり、私も時々は加わっていた。また、店舗内では聞くことが出来ないような、古参ホストたちの様々な裏話や逸話を聞いたり、その人たちの、常識では捉えられないような行動パターンなどを垣間見れたことも、その部屋に好んで居つくようになった理由の一つだった。

幾つかの例を挙げると、いつもパジャマのような服を着て、カップラーメンを啜ることを生甲斐にしてる様に見える、ミイラの如くにスレンダーなホスト、松村。部屋に入るなり、上着・ワイシャツを脱ぎ捨て、上半身裸になって椅子に座り、そのまま直ぐに熟睡するマッスルなホスト、城内(じょうのうち)。部屋の扉を開ける前に必ずインターホンを鳴らし、警察だ~、と大声で叫んでから入ってくる、異様に日焼けしたギョロ目のホスト、川奈。その中でも、群を抜いて異様だったのは、この店の前は、ナイトスチュワードという店でNo.1を張っていた、飛鳥(あすか)というホストだった。

出勤後、真直ぐに控え室に来るなり、常時ロッカーに置いてある寝袋に包まって高いびきで寝入ったかと思うと、突然目を覚まして、トイレに駆け込んでは覚醒剤を打ち、スッキリとした表情をさせた後、再び寝袋に飛び込む。

時々奇声を発することもあり、私の名を呼んでは、お前もシャブを打つか~、などと叫ぶ。私はまだ人間を辞めたくないので丁重に断わると、気を使うな、シャブなら幾らでもあるぞと言って、浅田飴の缶や薬の瓶に入れてある、ガラスのような透明感のある白い粉末を、私の眼前に突き出した。

また、飛鳥は和道流空手の有段者であり、喧嘩で相手を殺したことがあると豪語していた。それも、凶器を持った相手を、肘を使って一撃で殺したとのこと。一度だけ、その猿臂打ちの技を見せて貰ったが、あまりの速さに目が眩んだことと、肘が風を切る音がはっきりと聞こえたことを今でも覚えている。

さらに、別のホストから聞いた話では、ナイトスチュワードでNo.1を張っていた頃に、他にも死なせた人間がいた。その相手は当時の飛鳥のお客、レストラン経営者の奥さんであり、彼のマンションで焼け死んだとのこと。初めのうち警察は、この女性の変死をマンションの借主である飛鳥の犯行と睨んで、殺人の容疑者として逮捕したが、数週間の拘留後に、証拠不十分ということで無罪放免になったそうだ。

何度か飛鳥は、民放じゃなく、NHKに映像が流れたことがあるホストは、いかにホスト界広しと言えども、この俺様しかいないなどと自慢をしていたが、おそらく、その事件で逮捕された時のことを言っていたのだろう。

他にも様々な放言を口走っては、周囲を驚かせていた飛鳥であったが、私がもっとも強く印象をもったものに、『風呂屋は不幸になる運命なんだよ! 決して俺が不幸にする訳じゃないんだ! その女が風呂屋になった時点で、幸せを放棄したんだから、絶対に幸福になれっこないんだよ! だから俺のせいじゃなく、それが風呂屋の運命なんだ!』というものがあった。

それを聞いたときの私は、この人は女性に対して、どこまで冷淡な男なんだろうという漠然とした感じを持っていたが、今、それを思い返してみると、飛鳥がホストとして夜の世界で生き残っていく為には、なまじの良心の呵責などにはとことん耐え、徹底的に非情な感覚を身に付けるようにと、自分自身に対して、強く執拗に言い聞かせていたのではなかったのか、とも考えられる。

覚醒剤に走った原因なども、もしかしたら、そこいら辺にあったのかも知れない。

突然トイレの扉を開き、右手の親指と人差し指で男性自身を抓み、勃たねぇよぉ! と喚いたり、店内で加藤茶の真似をして、キ~ン、とか言いながら戦闘機のように両手を広げて、走り回っていた彼は、この数年後にナイトプリンスを辞めて板前となり、自分の店を持ったとのこと。

さらに、その数年後には、原付で電信柱に頭を打ちつけるという、惨憺たる自損事故を起こして、帰らぬ人となったそうだ。

華やかだったNo.1時代には、メルセデス・ベンツやハーレー・ダビッドソンを自在に乗りこなすだけの技術や運動神経を持っていた飛鳥であったが、散々に乱用した覚醒剤の後遺症で、目の前の電柱をかわすだけの反射神経すら、この時すでに失っていたのかもしれない。

※ポーカーゲ ーム


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