二丁目2
昔からオカマキャラを売りにしている芸能人は多かったが、ここ十年でも、おすぎとピーコ、KABAちゃん、坂本ちゃん、仮屋崎省吾、IKKO、もっとも旬なところでは、マツコやミッツ、そして、はるな愛などが活躍している。
 
新宿二丁目が売春防止法に拠って、女を売る街から、男を(男に)売る街へと変貌を遂げ、実に多様な世界の実力者達が徘徊するようになった頃に誕生した、歌舞伎町界隈の深夜ホストクラブも、この街をアジトとするオカマたちから、実に様々な面で影響を受けた。

伝説的な売上記録を残したNo.1ホストや、後にホストクラブの経営者になった男も、この世界に入ったばかりの頃は、全くお客がいない新人のヘルプホストに過ぎなかった。雀の涙ほどしか貰えない新人ホストの保証では、その月の家賃どころか、電気・ガスに加えて、水道すら止められるものもいる。
 
不細工は勿論のこと、多少のイケメンであっても、ホスト界で言うところの、本当の意味でのお客を作ることは非常に難しい。ここで、私が真っさらの新人ホスト時代に、一人の先輩ホストから聞かされた彼の持論、お客の定義というものをお伝えしておこう。
 
まず、1回や2回の指名を貰った位では、お客とは呼べず、月に何回か指名で来店しても、まだまだで、週単位でより多くの指名をするようになっても、それは、ホストにとっての本当の意味でのお客ではないとのこと。
 
では、ホストにとって真のお客とはどのようなものを指すのかと、この先輩ホストに訊ねてみた。
 
彼は、金が有ろうと無かろうと、その指名ホストが来店して欲しいと言った時には必ず店に来て、売上が足らないと言ったときには、数字を上げるボトルを取り、現金が必要なときには、どんな手を使ってでも、それを用意してくれる客が、ホストにとっての本当のお客なんだと答えた。
 
この話を聞かされたときの私は、この男は、なんて図々しいことを言っているのだろうと、ある種の不快感を覚えさせられたが、慣れと言うのは恐ろしいもので、数年後には、それがごく当り前の感覚として自然と身に付いていた。
 
しかし、女性の扱いもまともに出来ないような新人ホストに、そう簡単にお客が作れるわけもなく、先輩ホストたちの一挙手一投足を、見よう見まねだけで、出来たばかりの指名客に試し、あっと言う間にパンク(二度と来なく)させたり、古参のホストに指名替えされたりするものも少なくない。
 
そんな新人ホストの中には、初めての指名客はオカマだったというものもいる。さらに、ホスト募集の記事に騙されて、新宿二丁目の売り専(男娼)に従事したものもいる。ホスト出身の芸能人が多いことは以前書いたが、この、売り専出身の芸能人もいるそうだ。
 
京王プラザの屋上から飛降り自殺をした二枚目俳優の沖雅也や、紅白出場の歌手として、NHKの朝ドラ『花子とアン』のナレーションを務めた美輪(丸山)明宏が、売り専の前身とも言える、池袋のゲイバー、グレー(※)のボーイであったことでも、これは理解して頂けることであろう。

実際、芸能界という所は、ある種の泥沼みたいな所が有り、水底の泥土に根を張って、濁り水の中から水面に向って茎を伸ばし、その蕾みを大きく開花させたものだけが、スタァと呼ばれる人たちなのだから。
 
さて、私がIビル地下のジェントルにいた頃、多くの者たちにゴリラと陰口を叩かれているホストがいた。

響(ひびき)と言う店名を持つこのホストは、風呂屋ばかりではあったが、客数も多く、常にNo.1争いの上位に付けており、当時流行の高級車であるリンカーン・コンチネンタルを通勤の道具として使い、毎晩のように店の前に停めていた。一見すると、何故こんなにも不細工な男に、何人ものお客が付いているのか、ホスト1年生の私には、不思議に思えてならなかった。

ある時、歌舞伎町に古くから棲んでいる先輩ホストが、このホストの新人時代の話をしてくれた。
 
どうにかこうにか面接には通った響であったが、ゴリラにも似た彼の容姿では、そう容易くお客など出来るわけも無く、来る日も来る日も、お茶っ引き(指名が無い)状態が続き、しまいには薄汚れたスーツをまとい、虚ろな目付きで周りのホストたちに、妖気を想わせる不気味さを漂わせていた。
 
木枯らしの吹く頃、その日は朝から雨が降っていた。傘を差して、他のホストたちからは、さんざん小馬鹿にされていた毎日の日課、コマ劇場周辺でのキャッチ(店外で客を拾うこと)の業務に就いた。
 
何人かの女性に声を掛けるも、いつものように全く相手にされないが、それにもめげず、しつこい迄に、名刺を片手に声を掛け続けた。
 
その時、そこを一人のオカマが通りかかった。そうとは気づかずに彼は名刺を差し出して、店に来て欲しいと懇願した。そのオカマは、ただ揶揄うつもりだけだったのかもしれないが、そこに土下座をして頼むんなら、指名してあげてもいいわよ、と言ったそうだ。
 
一瞬の躊躇の後に、傘を放り投げた響は、歩道の敷石に額を擦り付けて、何度となく請願の言葉を繰り返した。
 
その夜は、彼にとって初めての同伴入店であると同時に、初めての指名客が出来た、ホストとして記念すべき一夜となった。この時の響は、濡れネズミ(ゴリラ?)となって、眼球を真っ赤に充血させていたが、実に自信に溢れた表情をしていたそうだ。
 
自信というのは不思議なもので、その立ちんぼ(街娼)のオカマが店に通うようになってから、今迄は全くお客の出来なかった響に、少しずつではあったが、女性のお客も指名するようになり、この翌年にはNo.1の座まで掌中に収めたそうである。
 
その話を聞いた時の私は、そこまで自分を堕とさなければNo.1ホストに成れないとは、実に情けなく、みじめな生き方なんだろうと思っていた。
 
ところがである。その後、何年かの間に出会ったNo.1ホストたち、それも、メディアに何度も取り上げられている伝説的なNo.1ホストの九條(くじょう)ですら、初めての指名客はオカマだった、という話や、あるホストクラブの経営者は、開店当初の閑散期にオカマからの支援を受けて、どうにかこうにか店の営業を続けることができ、後の成功へと繋がった、という話を聞かされた時には、驚きを通り越して、オカマが持っている底力といったものに、ある種の恐ろしさを感じていた。

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