令嬢Ⅱ
さて、一般社会の人たちは、ホストクラブへ遊びに行く女性を、どのような視点から捉えているのだろうか。
 
自らの下半身を生活の糧に、我慢の中で嫌な客たちの相手もさせられて、とっぷり溜まったストレスの放散へと、自分好みの男を物色しに行く風俗嬢。
 
言葉巧みにお客に気を持たせ、妖艶な風貌と、巧みな手練手管を駆使して、気のある男達の間を器用に渡り歩くも、日々つのる寂しさをまぎらわせる為の相手を捜すホステス。

生活力のある相手と結婚して子供を産み、そして育て、世間で言うところの女の幸せは十分に手に入れた筈も、どこか満たされない心と身体の隙間を埋めるべく、アバンチュールを求める人妻。
 
男勝りに事業を起こして成功するも、その気性の激しさや、忍耐力の欠如で、生涯の伴侶を得られなかった負け犬が、ペット代わりに男を飼おうする女性実業家。
 
週刊誌などのステレオタイプ化された観点で見れば、ざっと、こんな所であろうか。確かに、上記のような女性たちが、ホストクラブにやって来る例は、お客の全体像を観察しても、決して少なくない数を占めているかとも思う。
 
共通項をと探ってみれば、この女性たちは皆、ある程度の男性は知っている、いうなれば経験豊富な女性であり、男心の機微も、大なり小なり理解している部類の女性であるといったところか。
 
ところが、こうした女性たちとは、まったくに正反対とも言える毛色の女性が来店することも、時にはある。
 
私が、赤坂のネオレディースに移る3・4年前のことだった。そのお客は、新宿歌舞伎町のホストクラブ、ラムールの早い時間帯に本番(新規で指名者がいないこと)として来店した。小柄で気難しそうで、ほとんど笑顔を見せず、どこか人を見下すような醒めた視線から、席に着いたホストを眺めていたそうだ。
 
この頃からラムールでは、初めてのお客様のためとして、1万円で飲み放題というサービスを提供しており、彼女はそれを利用した。
 
深夜ホストの場合と違って、早い時間では、本番のお客に対して、内勤が席に着くホストを決めており、その中に私は選ばれなかった。彼女一人に対して数人のホストが席に着いたが、そこに、ボディビルとパワーリフティングで鍛え上げた肉体を持つ、マッスルタイプのホスト、健介がいた。
 
ラベルは特級だが、中身は二級のサービスウイスキーに悪酔いしたためか、それまで彼女の周りにはいないタイプである、彼の男臭さに惹きつけられたのかは、私にはわからないが、二人は出逢ったその夜に、ホテルで結ばれたそうだ。
 
健介とは、別の店でも顔を知っていたせいか、彼指名のお客の席へ、ヘルプとして着くことが多かった私は、何度と無く彼女の席にも座った。
 
私が初めて席に着いた頃の彼女は、異常なまでに警戒心が働くのか、なかなか会話が弾まず、お互いが気まずい雰囲気の中で時間を過ごすことが多かった。
 
何度か座るうちに、警戒心も解けてきたようで、私と二人きりになると、彼女自身のことや、彼とのことを色々と話したり、ときには男性心理の基本的なことを訊いてきたりもした。
 
彼女は、一部上場企業の中でも最上級に位置し、戦後の日本を支え続けて来たと言っても過言ではない大企業の、元重役の令嬢であり、名の通った国会議員の秘書として、多忙の日々を送りながら、世界一の頑丈さが売りの欧州車を疾駆させ、当時数千万円のものを含む、複数のゴルフ場の会員権を所有する、知性も教養も財産も身に付けている女性であった。
 
それまでの彼女は、引退後の父親が長患いをした為に、日々その世話に追われて恋人も作れず、気がついて見ると、三十路の半ばもとうに過ぎ、結婚なども殆んど諦めていたそうだ。
 
父親が亡くなった時は、本当につらかった反面、そのお蔭で足枷が取れて、自由にやりたいことが出来るようになった。ただ、国会議員の秘書となり、てきぱきと仕事をこなして、趣味のゴルフを楽しみながら、一日々々を過ごしていたが、どうしても満たされないものが一つあった。
 
その日、仕事の関係で新宿に来て、予定より早めに用事を済ませたが、何だか、そのまま帰宅する気が起きず、何となく歌舞伎町を散策する内に、ラムールの看板が目に入り、好奇心を押えきれなくなって入店してしまい、そこで出逢った健介に、三十年以上も頑なに守り通してきた、彼女の貞潔は奪われてしまったとのこと。
 
その夜のことを想い返すが如くに、男はみんな、あんな風に女を乱暴に扱うのか、とか、あんなに痛いとは思わなかった、とか、彼は他の女性に対してもあんなことをしているのか、と言ったような、質問とも、愚痴とも、どちらにも取れないような話をぶつけて来ることもあった。
 
彼女が今まで生きてきた世界とは全く違う、長い年月を夜の世界に生きて来た男と、何故そんな関係をもってしまったのかが、彼女自身の中で消化しきれていなかった為か、彼に対しての嫉妬心も、異常なまでに顕現された。
 
たった一日、健介に連絡が取れなかったことに激しい怒りを覚え、一晩の間に何十回となく店に架電しては、電話口へと呼出し、受話器越しに烈しく責め立てたこともあった。
 
彼女にとっては、それまでの人生の中で唯一人の異性であった健介だが、彼にとっては、過去に関係がある百人以上もの女性の内の一人であることにも怒りを覚えることがあった。
 
そんなことは、長年ホストをやって来た者にとっては、しごく当り前のことであり、彼女自身も表層意識では、それを理解しているのだが、潜在的本能的部分の中で、どうしても許せなかったようだ。
 
こういう話をすると、彼女はラムールで相当の金額を使ったのではないかと思う人もいるだろうが、実際のところは全くの正反対で、新規客開拓の為にある筈の1万円で呑み放題のコースを、2回目以降もずっと利用しており、私が他店に移るまでの間に、通常の料金で飲む姿を見たことは、ただの一度も無かった。
 
これに関しては、純粋に吝嗇なのか、裏(店を通さずに客から利益を得ること)で現金を渡しているのか、それとも、他に理由があるのかと、様々に詮索することも出来るが、あくまで勝手な憶測でしかなく、二人にしか分からないことである。ただ、株をやっている健介に、有力な銘柄情報を流しているという話を一度だけ聞いたことがある。
 
なぜ、彼女の様に、礼節と教養をたしなみ、真摯で実直で、頑なに貞節を守ってきた女性が、いくら酒に酔っていたとはいえ、彼の様に、粗野で下品で乱暴な、筋肉だけが取り柄と言ってもいい男と、いとも簡単に、一夜を過ごしてしまったのか、不思議に感じる方もいるのではないだろうか。
 
これに関しては、女性経験の乏しい男性には、決して理解されることはないであろうが、愚かなほど不可思議に撞着する女心の機微というものを、その本質から感知して、したたかに核心をついた行動へと移せなければ、ホスト稼業は勤まらないのである。

例として参考になるかどうかは分からないが、『がんばれ元気』を代表作とする漫画家、小山ゆう氏の隠れた傑作と言える、『ももたろう(※)』の第1巻を立読みすれば、ある程度は理解して頂けることと思う。

※ももたろう
  

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