女王様
数年前、黒革の衣装を身に纏い、バラ鞭を肩に担いで登場し、舞台の中央に立つと、いきなりの嬌声を甲高く上げ、それに続く巧みな話術で、観客を笑いの渦へと巻き込んでいく姿に、いつしか私も、思いっ切り爆笑させられていた。
 
彼女は、デビューから数え、13年目にしてようやく売れた、不遇で薄給の下積み時代が非常に長いタレントで、このキャラを完成させるまでに、13種類ものキャラクターを考案して舞台に立つも、全く売れず、14番目にあたる、このSMの女王様キャラで、ついに日の目を見て、多くのTV出演の依頼が来たと涙を流す、エキセントリックな女芸人“にしおかすみこ”であった。
 
時には、共演者たちを鞭で打ち、この豚野郎! と罵声を浴びせて、烈しい怒りの表情で睨み据える女王様を演じ、別の時には、年齢に不釣合いなほど、妙に可愛らしげな表情と声質で、過去の苦労話を語り、周囲の涙を誘うといった、様々な容で女の武器を駆使して、視聴者を引込んでいく姿を観ていたら、ふと、ある一人のお客が思い起こされた。
 
一般の風俗嬢ほど多くはないが、六本木や新宿界隈のSMクラブの女王様たちの中で、ホストクラブの常連となるお客は、決して少ない数ではない。
 
二十年以上に渡り、様々なホストクラブを転々とする中で、時に彼女たちの席へ座り、SMクラブのサービスシステムの詳細や、奴隷や召使となることを求めて、彼女たちを指名する為に来店してくる、様々な常連客たちの嗜好や、どんな心理状態で、その奴隷たちを厳しく痛めつけるのかなどを聞かされた。
 
彼らが、聖水(尿)を飲み干す時に表わす、陶酔にも似た至福の眼差しや、全力で腹部を蹴り上げた時に出す、歓喜を思わせる呻き声や、命令に服従させた時の、感激を押し殺した屈辱の表情などを、面白おかしく聞かせるものもいれば、この私にもMの素質があるから、一度、店に来なさい、しっかりと仕込んで上げるから、と誘惑するものもいた。
 
少しくらいは興味を持っていた世界ではあるものの、こんな連中に、踏まれたり、蹴られたり、鞭打たれたり、聖水などを飲まされて、一滴でも溢したら、ただじゃおかないよ! などと罵倒されるなんて、想像しただけでも、ちょっぴり興奮するが、病み付きにでもなったら困るとの思いから、丁重に遠慮させて頂いた。
 
歌舞伎町のラムールにも永々と籍を置き、そろそろホスト稼業に終止符を打つことを真剣に考えていた頃で、北風が肌を刺すような寒い季節だったと覚えているが、その店のホスト常務を務める副島(そえじま)を指名で来店した、一風変わった女性の席に座った。
 
妙に堂々としており、周りを威嚇して圧倒するような雰囲気で、椅子に深々と腰掛けて、ふんぞり返っていたというのが、彼女の最初の印象であった。
 
その時の彼女は、温泉地を根城として、様々な形の風俗営業を展開していたが、以前は赤坂において、元祖ともいえるSMクラブを経営していた伝説の女王様で、現在も、彼女の名前を継承する女優がいるほどに、SM界では非常に名の通った女性であった。
 
『B型』で紹介した恋野は、SMにも精通していて、彼女のビデオを観賞して以来のファンであったらしく、その頃は既にホスト稼業から足を洗っていたが、時々は私に連絡を寄越すことがあり、その時に、彼女が店に来たことを伝えると、本気とも冗談とも付かぬ言い方で、サインを貰って欲しい、と頼んできた。
 
私はそれを、彼が得意とする受け狙いの冗談と判断し、強面な雰囲気の彼女に、そんなことは、とても頼めないと言って断わった。
 
その数日後に再び来店した彼女は、どこか、前回の来店時とは様相を異にした雰囲気を醸し出していた。五十路に足を踏み入れたばかりの年齢だったかと思うが、その日は私に対して、まるで思春期の乙女の如くに、可愛らしさを演じた声色と表情で話しかけてきた。
 
しかし、その話の内容はと言えば、いかに政財界及び芸能界の、非常に多くの有力者たちが彼女のお客であったかということであり、その中には、政界の黒幕と呼ばれて、桁違いに恐れられた男の名前もあった。
 
多くの部下を服従させ、他者を虐げて成り上がったその男は、彼女の上得意であり、お忍びで店にやって来ると、奴隷としてありとあらゆる方法で厳しく調教したり、彼女のマンションへ訪ねてくると、従順な召使として、全身のマッサージをさせたり、台所に置いてある、糠床の糠味噌を捏ねさせたりしたとのこと。
 
しばらくの間、彼女の話に聞き入っていたが、けっこうな時間も経って、その帰り際に、次に来たときは私を指名するからと、何万円かのチップを私の手に握らせて、機嫌よく帰って行ったが、それっきり、二度と来店することは無かった。
 
初めの内は、お人好しな私の性格を見抜いた彼女が、そんな私をからかったのか、などと思ったりもしたが、それからしばらく後に発売された週刊誌に目を通すことで、彼女が来店しない理由がようやく判明した。彼女は、多くの男性会員を集めて、温泉地を舞台にした乱交パーティーを行なった為に、猥褻容疑で逮捕されていたのだ。
 
それだけではなく、性奉仕をするコンパニオンとして調達した女性たちの中に、16歳から17歳といった、未成年の少女たちをも参加させていたというのだ。
 
あきれ返ると同時に、彼女の過去の所業に関する項目も読んで、唖然とさせられた。SMクラブを辞めようとした女の子に対して、親に言うぞ、と脅かしたり、結婚を妨害したりと、最低の経営者ぶりを露呈していたのだ。
 
いくら金を稼いでホストに貢ぐお客であっても、ここまで悪どい女性とは、他のホストは受け容れても、私には願い下げであり、次に会うことがあるとしても、前回までのようには接することが出来ないかと思う。
 
ただ、もし、こんな事件は起こらず、普通に彼女の指名を受けて、より親しく成って行ったとしたら、この私も調教されて、ドMにさせられていたかも知れないなどと想像すると、妙な興奮を覚えてしまうのは何故だろうか。



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