輝き
前回紹介した伊勢は、接客時の話題の中で、ライバルという言葉を多用していた。

その時までの二十年近いホスト生活で、彼とNo.1を競った数え切れないほど多くの男達の中には、その時代その時代に脚光を浴びて、伝説的な売上や指名個数を誇ったものが何人もいたが、その彼にとって真のライバルと呼べる男は、たった一人しか存在しなかったと断言していた。
 
その男は、早稲田大学を中退して経済誌の記者となるも、彼の言葉を借りれば、経済ヤクザとしか思えないような恐喝まがいの取材活動に嫌気が差し、一転、夜の世界を棲家に変えた時から、まるで水を得た魚の如くに、わずか入店2ヶ月でNo.1となり、驚異的な指名個数を誇った男だった。
 
それが、どれほどに凄いものであったかを、伊勢と最も烈しく、しのぎを削りあっていた頃の話を、一つの例として揚げてみる。
 
一般的に、ホストでもホステスでも、自分の誕生日を口実にしてお客を店に呼ぶことは、夜の世界の常識であり、それによって普段の月よりも、売上を大きく伸ばすことができる。
 
彼もその通例に倣い、誕生日を口実にして持ち客全員に声をかけたところ、三十席以上も有ったその店のテーブルは、殆んど彼の指名客で埋まってしまった。
 
それにもまして、彼宛てに贈られてきた誕生日祝いの生花(ほとんどが鉢付き)に至っては、店内には全く収まりきらず、当時四階に在った、その店の玄関口から階段口へ、さらに各階を通って一階まで数段おきに並べ、そして、このビルの正面入口から表にまで陳列するという、それこそ漫画かドラマの一場面にでも出てきそうなことを現実に行なって、どうにかこうにか、贈り主たちの面子を潰さずに済ませたそうだ。
 
私がこのホスト、悠月(ゆづき)に初めて出遭ったのは、そうした伝説の数々を残してきた華の時代から、幾節もの時を経て、わずかにその面影を漂わせて居る頃であった。

この当時、全盛期には豪腕を誇った伝説の名投手、江夏豊が覚せい剤取締法違反容疑で逮捕されたことが、世間を大きく騒がせていた。
 
その時に私と彼が籍を置いていた店のラムールでは、売上も無く、指名客も殆んどいなくなり、卑屈な面持ちで人と接することが多々見られる悠月であったが、ときには堂々とした立ち居振る舞いで、他を圧倒する姿も見受けられた。
 
実際に私が見た場面の中で、最も圧巻に思えたのは、スクリーンに展開される豪快な太刀捌きや、破天荒な生き方でファンを魅了し続けた名優が、数人の女性を引き連れて来店した時のことだった。
 
店のオーナー以下、多くのホストたちがその名優を遠巻きにして騒いでいる中を、出勤したばかりの悠月は、直ぐさまにテーブルへ行き名優に挨拶をすると、ほぼ同時に、演奏中のバンドにリクエストをした。そして、ステージへ向かいマイクを斜に構えると、その名優の代表作の挿入歌を、朗々と歌い始めた。
 
何小節目かを過ぎ、サビの部分を歌い上げた時だった。それまで退屈そうな面持ちで席に座っていた名優が、感きわまった声で「上手いっ!」、さらに続けて「俺より上手いっ!!」、と叫んで立ち上がっていた。
 
全盛期を過ぎて何年の時が流れたのか知らないが、この時ばかりは、華やかなりしNo.1時代の面影を垣間見せられた気がした。
 
その夜のことを少し付け加えると、ひと時を楽しんだ名優が勘定を頼んだところ、オーナー自らが席に付き、お支払いは結構です、と断ったばかりか、数十万円が収まっている封筒を差し出し、その店の支店にも顔を出して欲しいと懇願する始末だった。
 
オーナーの執拗さに折れ、仕方なしに支店にも顔を出した名優だったが、よっぽど詰まらなかったと見えて、先ほど受け取った封筒の中身すべてを、席に着いたホストたちにチップとしてばら蒔くなり、そのまま帰ってしまい、さすがに大物俳優は違うなと、皆が唖然とさせられたそうだ。
 
さて悠月だが、生来からの寂しがり屋なのか、何人かのホストを自分の部屋に呼んでは、将棋を指したり、酒盛りをしていたが、あまりの不潔さに、その1DKアパートの室内には多くのゴキブリが徘徊していた。
 
殺虫スプレーを片手にビールを飲む姿が、憐れさよりも滑稽さを醸し出すところが、このホストの魅力の一つなのだろうか。ただ、これに関しては、さすがに見るに見兼ねて、ホウ酸団子の使用を勧めたところ、風呂場の床が真っ黒に見える程の、大量のゴキブリが死んでいたぞ、と無邪気に喜び、私に感謝をしていた。
 
それから程なくして、彼はラムールに姿を現さなくなった。具合でも悪いのか、と皆で心配していた頃に、彼が入院したとの連絡が入った。それも隔離病棟とのこと。なんと、この時代に結核に感染したというのだ。
 
その後が大変だった。店にも、彼のアパートにも保健所の調査が入り、従業員は全員、当時は職安通り裏手にあった保健所から、強制的な呼び出しが掛かって、接触者健診を受ける羽目となった。普通ならば、悠月に対して腹を立てる者がいても当たり前なのだが、なぜか、誰一人として文句を言う者がいないところが、彼の人徳なのだろう。
 
それっきり、店に出ることはなかった悠月だが、何年か経った後に、再び彼が入院したとの噂を聞かされた。病名は不明だが、入院先は八幡山の松沢病院(※東京では有名な精神病院)とのことだった。
 
この話を聞いた時から、いつか私に文章力が身に着いたら、彼が突っ走って来た様々な足跡を、長編小説として書き残して見たいと思うようになっていた。

※松沢病院


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