炎
数年前に、赤城山の山中で飲食店従業員の女性が遺体となって発見された事件の犯人が、ようやく逮捕されたとの報道をニュース番組で見ていた時に、20年以上も昔に起こった事件が、昨日のことのように思い起こされた。
 
それは、この事件と同じように、男女関係の縺れに因って引き起こされた、ある凄惨な殺人事件であった。
 
その事件の発端となったホストは、平成という年号が落ち着いた頃に、ラムールの深夜の時間帯で三郷(みさと)と言う店名を名のり、何カ月もの間、No.1を張り続けていた。とっぽさが売りの、どこか危険な香りを漂わせることで、お客達の気を惹く技に長けているホストであった。
 
そんな三郷の匂いが寄せつけたのか、或る日、妖艶さの中に危なげな雰囲気を携えた、何とも男心をそそる、ありふれてはいるが、いい女と言う表現が最もしっくり来るほどに魅惑的なお客が、彼を指名するようになった。
 
こんな二人が男と女の関係に堕ちるのに、それほどの時間が掛かるわけもなく、情熱的に燃えるような仲になったとしても何の不思議も無かった。
 
ただし、問題が一つだけあった。彼女が既婚者であって、その旦那が、〇〇組系の組長であったことだ。
 
その世界での情報の流れは実に速い。彼女がホスト通いをしていることも、No.1ホストと深い仲になっていることも、それが遊びの範囲を越えていることも、すぐさま旦那である組長の耳元に届けられた。そして、その組長は、毎晩のように三郷へ電話を架け、女房と手を切らんとタダでは済まさん、といった、常套的な脅し文句を使って、烈しく彼の感情を揺さぶり続けた。
 
しかし三郷は、その言葉に怯むことはなかった。彼の気性がそうさせたのか、それとも、その状況が彼の心理状態を高揚させたのかは誰にも判らない。
 
ただ、私が言えることは、恐怖の向こう側には最高の快楽が待っているということだ。自分の惚れた女の亭主が、泣く子も黙る〇〇組系の組長だったという恐怖感が、彼の脳に烈しい苦痛を与え、その補償作用として、脳内麻薬とも呼ばれるエンドルフィンを思いっきり充満させたのではないだろうか。
 
そうして、快感神経を刺激された状態で、飽きること無く彼女と繰り返される、どこまでも淫靡で激情的な情交が、彼に更なる高揚感を呼び起こし、誰もが持つような絶対的な恐怖感を、大きく麻痺させていったのかも知れない。
 
これが、どれほどの邪淫であっても、それを失うことが如何に苦痛を伴うものであるかは、こうした状況を経験した者で無ければ、誠に理解しがたいことである。

だが、スタンダールの代表作となる『赤と黒』や、豊川悦司と夏川結衣が実に見事な演技力で、放映当時、大変な好評を博して、二時間スペシャルでの完結編までもが創られた連続TVドラマ、『青い鳥(※)』などを例に譬えれば、多くの人々に納得して頂けると思う。
 
男女間の交情に於いて、危険と恐怖こそは、その甘美な味わいを極限にまで惹きたてる、真実、最高のエッセンスであると言うことが。
 
それにも増して、ホストたちの言うことだから真相は分からないものの、他にも幾つかの噂が流れた。彼女が彼に、旦那から預けられていた大量の覚醒剤を回していたとか、数千万円もの現金を貢いでいたとか言ったものが多かった。
 
その夜も三郷は、普段通りに出勤をした。
 
店の前に停められていた伝統色のメルセデス・ベンツ。
 
呼び出されて取り囲まれ、強引にその車へ乗せられる彼。
 
それが三郷の、歌舞伎町で見せる最期の姿となった。
 
そして、その彼が二日後に、群馬県は赤城山の林道脇で、全身に夥しい迄の傷を負い、頭部をピストルの弾丸で撃ち抜かれて、生前の端正な顔立ちなど、全くとして、想見させることも出来ないほどの形相で、惨殺死体となって発見されることになろうとは、その時まで、ホスト仲間の誰一人として予想だにしていなかった。

それが、いかに陰惨で無残な遺体であったかは、事件当時の群馬県警本部長が、離任記者会見において、就任中、もっとも印象に残っているのは、『ホスト殺人事件』であると語っていたことからも想像できるであろう。
 
新聞記事には、鎖骨を含めた数カ所の骨折があったと載っていたが、葬儀に参列したホストの話によれば、三郷の両手の指先からは、生爪が一枚残らず剥がされていたそうである。

※青い鳥
   本編動画
   

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