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『B型』で紹介した恋野は、新人時代を歌舞伎町ヌーベルアムールで、数々の伝説を残したNO.1ホスト、久條のヘルプとして過ごした。

久條と言う男は、わずか数年間しかホスト稼業に身を費やさなかったが、その短い期間に、歌舞伎町で最も知名度の高いこの店で、一つの時代を創ったといっても過言でないほどに、多くのホストやお客たちに強烈な印象を残した。
 
久條は新人時代に、『栄光 』で紹介した悠月の専属ヘルプとして仕事を覚えて、ホスト稼業のイロハを吸収した為か、異常なまでの客数をこなす、とっぽいタイプのホストとなり、小計(サービス料や指名料を除いた、純粋な飲食料金)で400万円にも到る、当時としてはとんでもない金額の売り上げを、毎月のようにグラフへ打ち立てていた。
 
その当時、タンスの中に雑然と放り込んであった大金を、空き巣に盗まれたことが報道され、マスコミが大きな話題として取り扱い、連日のようにワイドショーやニュース番組に顔を出したこともあるので、それらの番組を見ていた人の中には、彼を覚えている人もいることだろう。
 
久條は元々が板前出身だからか、彼の気の短さは尋常では無かった。専属のヘルプホストが彼の逆鱗に触れると、その場で蹴りが飛ぶことも多々あった。客争いでの揉め事や、ライバルホストたちとの小競り合いから、喧嘩騒ぎになることも日常茶飯であったそうだ。
 
今回は、その久條が起こした出来事の中から、より印象の強いものをいくつか列記してみようと思う。
 
その日、系列店のラムールでNo.1を張っている、長身で美形ホストの仁科が、突然ヌーベルアムールへ、たった一人で乗り込んできた。
 
「久條は居るか!」と大声で怒鳴るなり、彼がふんぞり返るように座っている席へと行き、いきなりに殴りかかるが、久條に比べて、細身で体力的にも劣る仁科は、何とも呆気なく殴り倒された。
 
普通であれば、そこで終わった話だろうが、その時の仁科は、ラムールのNo.1としてのプライドからか、それとも、彼一流の負けず嫌いの気性からなのか、久條を睨み返すなり、甲高い声で喚き散らし、そのまま厨房の中へと駆け込んだ。
 
しばしの後、板前たちの叫喚を背にして厨房から出てきた仁科は、刃渡り30センチはあろうかという出刃包丁を、両腕を震わせながら握り締めて小脇に抱えると、そのまま仁科の胸部を目掛けて、飛び込むように襲い掛かった。
 
流石に数多くの喧嘩沙汰の中で、様々な修羅場を経験してきた久條も、この時ばかりは、仁科の気迫に狼狽させられたのか、顔を蒼白にしたまま身動きが取れなくなっていた。
 
後は、ほんの数歩を仁科が突き進んで行けば、その胸を出刃包丁で貫かれ、ホールの絨毯の上に血まみれとなって倒れ込み、もがき苦しんでいる久條の姿が想像された。
 
ところが、次の瞬間に絨毯の上へ突っ伏して倒れ込んでいたのは、なんと仁科の方であった。寸でのところで、空手の有段者であった桐島というホストが、野球のスライディングのように足先から飛び込んで、仁科の軸足を蹴り払って倒したのだ。
 
それを見た他のホストたちは仁科の上に傾れ込み、利き腕を抑えつけた恋野が出刃包丁を取り上げることで、漸くに収拾を迎えることができた。
 
この事件の後、どういう理由かは全く判らぬが、久條は仁科と懇意を深めるようになっていた。周囲を巻き込んだ人騒がせな出来事の中で、彼らにしか理解が出来ない容の、ある種の友情が生まれたのだろうか。それとも、久條と仁科は、二人とも両刀使いだと言う噂があり、もしかしたら、友情ならぬ、男同士の愛情が芽生えていたのかも知れない。
 
数年の時が流れ、ホスト稼業からは足を洗い、ホスト時代の数年間に貯め込んだ資金を元に、居酒屋の経営者となった久條であったが、今ひとつ、売上が伸びずに悩んでいた。

その頃、『覚醒』で紹介をした歌舞伎町で1番の超高級クラブ、Lビル地下の万翔が、時代の流れについていけなくなった為か、その華やかな歴史に幕を閉じることになった。内装に贅を凝らした万翔の大箱に目を付けたのが、都内に強い勢力を持つ〇〇組の組長であった。
 
この時代、ヤクザ組織がホストクラブのケツ持ち(後ろ盾)になることは、実際によくあった話だが、直接、経営に乗り出すというのは実に稀なことである。数億円は掛っているだろう万翔の内装を、全くの居抜きで使うばかりでなく、店の看板も変えずに、クラブ万翔の名前まで、そのまま残すことになった。
 
違いはと言えば、ホステスが男性客にサービスをする超高級クラブではなくなり、ホストたちが女性客を相手にする深夜営業のホストクラブになったことだ。そして、その万翔の営業を、雇われ社長として任されたのが、居酒屋の経営に行き詰っていた久條であった。
 
久條はホスト時代を彷彿させるかのように、ヌーベルアムールにいた頃のつてを頼って精力的に動いた。
 
まずは、数字(売り上げ)の出せるホストを確保しなければ、営業は成り立たない。人集めとして、支度金やバンスを餌に、何人ものホストに声を掛け、ある程度の人数を揃えることは出来たが、店の看板となるような、華があって、なお且つ数字が上げられるホストの確保が出来なかった。
 
そこで久條は、その時代にヌーベルアムールでNo.1を張り続けている西城に目を付けた。西城は、二十人近くものグループを抱えており、その中には、確固とした数字が計算できるホストも何人か混ざっていた。
 
久條は組長に準備金を依頼した上で、西城を獲得すべく、様々な手段を駆使して交渉を繰り返した。何度かの交渉の後、ようやくに西城の承諾を受けた時の久條は、大急ぎでその朗報を組長に報告して喜びをあらわした。
 
ところがである。
 
いざ開店の日が間近になった頃、軍団と呼ばれていた西城のグループ全員が、偶然なのか万翔と時を同じくして、浅草から歌舞伎町に進出して来たナイトキングダムへと、横取りされるように引き抜かれてしまったのだ。
 
それを聞かされて、面子を潰されたことを知った久條の怒りは、すこぶる尋常ではなかった。怒髪天を衝くという言葉が、最も似合いそうなほどの、激烈な感情に包み込まれていた。
 
数日後、雑居ビルの屋上に西城を呼び出した久條は、その一件に関して、納得のいく回答をと西城に求めた。しかし、西城の口から返ってきた答えは、久條の出した条件よりも、ナイトキングダムの方が遥かに好条件であった為に、そちらに乗り換えたといった、実に功利的で、打算が絡んだものであった。
 
所詮は水商売であり、お金だけを目当てに他人より上手く立ち回ろうとするのが、夜の世界に生きる者として当然のことではあるが、そんな話で納得をさせられるような久條ではなかった。一度は了承をしておいて、すんでの所で手の平を返したような扱いを受けることなど、他の人間はどうであっても、久條の中では、絶対に許せるものではなかった。
 
契約書にサインをした訳ではなく、単なる口約束の段階であるから、法的にも何の問題もないと言う西城の言葉が、ついに逆鱗に触れたのだろうか、怒りに震える久條は、険しい表情で相手を睨みつけた。
 
これ以上話すことは無いとして、その場を立ち去ろうとする西城を引き止めた久條は、近くに積んであったビールケースの中から、空き瓶を取り出すと、西城の顔面を目掛けて、渾身の力で水平に殴りつけた。
 
グシャっという音と共に砕かれた鼻骨と、その鼻腔から、壊れた蛇口のように噴き出す血しぶきを見ることで、ようやくに怒りを収めたのか、久條は後ろも振り返らずに、その場を立ち去った。
 
鼻骨を潰された西城は、病院で治療の後、しばらくの間はお客のマンションへ居候して回復に専念したそうだが、彼本来の、端正で魅惑的な雰囲気を醸し出した、上品な顔立ちには戻れなかった為なのか、その後、歌舞伎町で姿を見ることは無かった。
 
万翔がホストクラブとなって1年ほど経った頃だろうか、ヌーベルアムールでは恋野が、久條が打ち立てていた売上記録を大きく凌駕するホストとなって、華やかなNo.1時代を築き始めていた。
 
その噂を聞き付けたのか、万翔の社長としてヌーベルアムールにやってきた久條は、恋野を指名して、久條のヘルプ時代に面倒を見たことを盾に、強引に万翔への転籍話を持ち出した。 

初めのうち恋野は、久條を先輩ホストとして、ある程度の敬意を払って応対していたが、久條のヘルプに従事していた時と変わらぬ、その横暴で強引な態度に切れたのか、平生は見せないような相手を威嚇する態度で、声を荒げて席を立ち、その後、久條の席に二度と戻ることは無かった。
 
恋野が席を離れた後の久條は、鳩が豆鉄砲を喰らったような面持ちで、しばらくは座っていたが、ほどなくして勘定を済ますと、ヌーベルアムールを後にした。すでに久條は、以前のような怒りに身を任せて、暴力に訴える男では無くなっていた。
 
これは、あくまでも想像であるが、もしかしたら西城に告訴されて、傷害罪の犯人として前科が付いていたのかも知れない。
 
それから間も無くして万翔は、営業不振を理由に店を閉める事となった。久條自身も経営していた居酒屋を閉めて、歌舞伎町から姿を消し去り、その後は、殆んど噂を聞くことも無くなった。



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