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『永久欠番』や『巣窟』で紹介した、伊勢佐木長者町のナイトプリンスは、営業時間の長さを除けば、決して居心地の悪い店では無かった。
 
しかし、ある理由から、わずか1年足らずで辞めねばならぬ羽目となり、やむなく福富町仲通にある、Kビル4階に新規開店したホストクラブ、アマルフィへと転籍した。
 
ナイトプリンスに比べればだいぶ小箱ではあったが、同じビルの5階には店舗と変わらぬ広さの控室もある上、1日分の最低保証が、お客も呼べないようなズブの新人であっても、六千円が支払われるといった、当時の新宿歌舞伎町などでは絶対に考えられない高待遇の店であった。
 
その店のオーナーがホストクラブ経営に疎い上に、人の良さも手伝って、自分が雇った筈のホスト社長やホスト専務の言うがままに営業方針を決めていったのだろうか、怠け者のぐうたらホストには天国のような店になっていた。
 
ナイトプリンスに負けず、一癖も二癖もあるホストが何人も連なる中で、最も強く印象に残っているのは、紅(くれない)という店名で、ナイトスチュワードを初めとした何軒かの店でNo.1を張って来たホストで、どこかしら華奢な体型でありながらも、異様に鋭い眼光で周囲に威圧感を与えていた。
 
アマルフィでも、出勤後の暇な時間を賭け事に費やすホストは多く、同ビル内や周辺に店を構えている違法なゲーム喫茶に入り浸るか、あるいは、無駄に広い控室を格好の賭博場にしていた。
 
この頃の横浜では、ポーカーを基調とした亜流のゲームが流行っており、4人以下の少人数で行なう13枚ポーカー(チャイニーズポーカー※)と、5人以上の大人数でも出来るナックポーカー(クローズドポーカー※の横浜ローカルルールで、ファイブ・カード・ドローに近い)が、ホストの間では好まれていた。
 
ナイトプリンスでは13枚ポーカーが主流であったが、ライバル店どうしの下らない対抗心からか、この店ではナックポーカーに興じるホストがほとんどであった。
 
紅も、生来の博打好きと見えて、暇を見つけるや直ぐ様にメンバーを集めて、ナックポーカーに時間を費やしていた。時には、営業時間を過ぎてもゲームを続けることがあり、気が付けば、いつの間にか時計の針が、大きく正午を回っていたこともあった。
 
普段は大人し気に見える彼であったが、時には激しく不機嫌になることもあり、ゲーム中に反抗的な態度をとった新人ホストの頭の上から、出前されたばかりの熱いラーメンを思いっきりぶちまけたこともあった。
 
その時は、よほど虫の居所が悪かったのだろう程度に想っており、この紅というホストの、余りにも異常な性癖を知らされるのは、もう少し後になってからである。

紅は時々、営業中の店内において、周囲を唖然とさせる様な奇行を見せることがあった。
 
当時のホストクラブには、殆どの店で、各テーブルにキャンドルが配置されていた。ここアマルフィでは、銀色のスタンドの上に縦横4センチ弱の小さめの蝋燭を、それより一回り大きめのカップの中に入れて、真紅のシェードを被せるタイプのものである。
 
ある時、今一つ盛り上がらないテーブルのお客に何か話題を提供しようと、その席の指名ホストが、赤いシェードの中で揺れる蠟燭の炎を見ながら、周りのホストたちに対して、このキャンドルの炎を、自分の手のひらでシェードの上部を塞ぐことで、消すことが出来ないかと言い出した。
 
その話を聞いたお調子者のヘルプホストが、そんなことは簡単だと言いながら、シェードの上部を完全に塞ぐかたちで、力強く手のひらを押し付けた。
 
二・三十秒の間は、彼なりの意地もあるのか、そのまま我慢強く堪えていたが、ついに限界を感じたのか、顔面を真っ赤にさせて「アッチーッ」と喚くなり、反対の手でアイスペールに入っている氷を掴むと、軽い火傷の為に赤く脹れている手のひらの中央部分に押し付けた。
 
そのキャンドルスタンドは、上部だけではなく下部からも僅かながら空気を取り込める構造になっており、別のホストが試しにと、紙コースターで上部を塞いでみた処、完全に炎が消えるまでには、三分近くの時間が掛かった。
 
茶色く焦げていたコースターの裏側を見たホストたちは、このタイプのキャンドルでは絶対に消すことができないと口々に囃し立てた。
 
ホストたちの様子を面白そうに見ていたお客が、誰でもいいから、もし消すことができたら一万円を賞金に出すと無理を承知で言い出した。
 
その席のホストたちは誰一人として、たかだか一万円の為に手のひらを熱傷させたい者などおらず、絶対に無理々々と笑い飛ばしていた。
 
そうこうして盛り上がっていた席に、出勤したばかりの紅もヘルプとして座った。店中に聞こえる笑声の理由をヘルプホストの一人から訊いた彼は、お客の顔を真っ直ぐに見据えると、自分ならそれが出来ますと、自信に溢れた心情を面に表わして、ゆっくりとした言葉遣いで彼女に伝えた。
 
それならばやって見せてと、財布から出した新札の一万円を彼の前に置くなり、薄っすらと底意地の悪そうな笑みを浮かべたお客は、直ぐにキャンドルを消すようにと彼を急かした。
 
目の前に置かれた一万円札を見ながらシェードの上に右手を被せた紅は、奥歯を噛み締めて、シェード全体を掴み込むような動作で押さえつけた。
 
一分、二分と、険しい表情でキャンドルスタンドを押さえている彼の手の下で、酸欠のために小さくなった炎が完全に消えたところで、周りのホストたちから大きな歓声が上がった。
 
目の前の一万円札を胸のポケットにしまいながら彼は、そこで終わらせようとはせず、さらに加えて、この程度のものなら何回でも消すことが出来ると豪語した。
 
それを聴いたお客は、紅の態度が癪に障ったのか、更に新札をテーブルに置くと、再度の挑戦を促した。
 
二度目三度目の挑戦も難なく克服した紅に呆れる彼女の表情を見ることで、さらに調子に乗ったのか、手のひらだけではなく、甲の方でも消すことが出来ると嘯きはじめた。
 
いくらなんでもそれは絶対に無理だろうと、四枚目の新札を差し出して紅を睨み据えるお客の眼前で、彼は苦悶の表情を浮かべながらも、シェードの上部に手の甲を押し付けることで見事に消し切った。
 
彼の我慢強さに吃驚させられたお客は、さすがにこれ以上も続けようとは思わず、そこで降参することにした。
 
これで自尊心を満足させた紅のほうも、その席を離れ、氷を巻き込んだおしぼりを右手に当てて、休憩場所になっている席に移ると、暇を持て余しているホストたちに、これまでの経緯を自慢げに話した。
 
その話を聞いていたホストの一人が、そんな作り話には担がれないよと、鼻筋に皺を寄せながら彼を笑い飛ばした。
 
それを聞いた紅の眼光が異常な鋭さを覚えると、間髪を入れずにそのテーブルのキャンドルを手元に引き寄せるなり、左手のひらで二回、さらには甲で一回消すと、どうだと言わんばかりの表情で、そのホストを睨み据えた。
 
翌日、痛々しく両手に包帯を巻いた紅が、その手を腹部の辺りで交差させるように店内を歩いている姿は、まるで棺に納まっているミイラのようであった。

※チャイニーズポーカー
※クローズドポーカー


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